ロールシャッハ・テストの生みの親であるロールシャッハ,H.は『精神診断学』を発表した1922年に他界してしまいます。
幾つもの「スコアリングシステム」による混乱期
しかし、彼ののちも研究は続きます。ただし、研究の意図や解釈などが明確に伝わっておらず、多くの研究者がロールシャッハの主張に賛同し、他方では疑問を呈しました。その結果として、1930~1950年代に5つもの学派が誕生しています。
まず、1937年にアメリカで開発されたベック,S.J.とクロッパー,B.の2つのスコアリングシステムが広く受け入れられました。ベックはスイスに留学し、研究成果をアメリカに持ち帰ります。クロッパーはドイツ出身であり、戦時中にアメリカに亡命していますが、スイスでユング,C.G.らと研究を行う機会があり、ロールシャッハ・テストを知りました。
しかし、ロールシャッハの主張に忠実であったベックとフロイト,S.やユングの精神分析理論と深く結びついていたクロッパーの現象学的な接近法では考え方が相反するものでした。加えて、複数の見地から派閥が生まれます。
エクスナー,J.の「包括システム」
1974年に出版されたアメリカの心理学者エクスナーの『包括システムの基礎と解釈の原理』はこうした状態に光明を投げかけます。ベックの助手であった彼は既存の5種類のスコアリングシステムを比較分析します。しかし、それらはみなどれも欠陥があるという結論にいきつきました。
そこで、エクスナーは一貫性のある標準的なスコアリングシステムを開発すべく、大規模なデータベースを作り、実施方法についても明確な指針を出しました。また、既存のスコアリングシステムから確かな要素を集めて1つのシステムを完成させました。これを「包括システム」といいます。
日本とアメリカの現状
アメリカでは研究がその後も進められ、エクスナーの著書は版を重ねていきます。30年以上もの間、ロールシャッハ・テストへ力を尽くしたエクスナーは2006年に他界しますが、心理学者・精神科医による実戦的研究が続けられ、公的機関・医療機関で主流として活用されています。
日本でも当テストは1930年頃から導入されたという古い歴史があり、独自の研究が進められました。先述のクロッパーのもとでは河合隼雄が学び、入門書を翻訳しています。
国内の方式でもっとも普及したものが1974年に『心理診断法』、1987年に『新・心理診断法』を出版した片口安史による「片口式スコアリング」です。
ロールシャッハ・テストはその性質上、歪曲を受けにくく、熟達したテスターによって無意識的な心理状態を深く探る手立てとなります。現在も多くの心理士や精神科医に活用されており、日本ロールシャッハ学会をはじめとする臨床心理関連団体が研修会や講座を開催し、研鑽を積んでいます。